デイサービスでの出会いが教えてくれたこと
今日は父が在宅での生活を送っていたときのことを書いてみたいと思います。
在宅生活を送っているとき、父はデイサービスに通っていました。
通い始めて3ヶ月ほど経ったころでしょうか。父はある利用者の方と親しくなり、家では見せることのないような表情を浮かべるようになっていたようです。楽しそうに過ごしている父の姿を聞くたびに、家族としては嬉しく、そして少し意外にも感じたものです。長年一緒に暮らしていても、知らない一面がまだあったのだと気づかされました。
デイサービスという場所は、単なる介護サービスの一つではなく、新しい人間関係が生まれる場所でもあるのだと、このとき初めて実感しました。同じ世代を生き、似たような境遇にある人同士だからこそ通じ合えるものがあるのかもしれません。家族には見せない表情が、そこにいる誰かには自然と出てくる。それは決して寂しいことではなく、むしろありがたいことなのだと思います。
しかし、1年ほど経ったころ、その方はお亡くなりになりました。父本人にはあえて知らせないという判断がされましたが、それでも父は徐々に活気を失っていったように感じました。言葉で伝えられなくても、通う場所の空気や、誰かがいなくなったという事実は、本人なりに感じ取っていたのかもしれません。
高齢者にとって、気の合う人との出会いがどれほど日々の張り合いになるか。そして、その別れがどれほど深く心に影を落とすか。このことで、あらためて考えさせられました。
性格によるところも大きいので、簡単なことではないかもしれません。それでも、またあの頃のように、心を開いて楽しく過ごせる相手が見つかればいいと、家族として願っています。誰かとの出会いがもたらす表情の変化は、何にも代えがたいものだと知っているからこそ、その願いは切実です。