特別養護老人ホームでの「看取り」について感じたこと
特別養護老人ホームへの入所時、「延命処置を希望するか」「施設での看取りを希望するか」という質問を受けます。この問いに即答できる方もいれば、大きく心を揺らす方もいます。どちらが正しいということはなく、その人と家族の関係性、価値観、そしてそれまでの対話の積み重ねによって、答えは変わってくるものだと思います。
「看取りを希望する」という選択
施設での看取りを希望される背景には、次のような考え方があります。
- 住み慣れた環境で最期を迎えさせたい。病院という非日常の場所ではなく、日々顔を合わせてきた職員の方や、慣れた居室で過ごす時間を大切にしたいという思い。
- 本人がかつて元気なうちに、延命を望まないと意思表示していた。私自身、父が入所する際に延命を希望しないと即答したのは、父がまだしっかりしていた頃に、そうした話を交わしていたからです。本人の意思がはっきりしている場合、家族はその意思を尊重する形で決断しやすくなります。
- 穏やかな最期を望んでいる。医療的な処置よりも、苦痛を伴わない自然な形での看取りを重視する考え方です。
「看取りを希望しない」という選択
一方で、看取りを希望せず、体調の変化があれば病院へ搬送することを選ぶご家族もいます。これにも、それぞれの事情や思いがあります。
- できる限りの医療を尽くしたい。少しでも回復の可能性があるなら、最後まで手を尽くしたいという気持ち。これは「延命に固執している」というより、「後悔を残したくない」という自然な思いから来ていることが多いように感じます。
- 本人の意思が確認できていない、あるいは家族間で意見が一致していない。判断に迷いがある場合、「とりあえず搬送する」という選択になるのは、決して不自然なものではありません。
- 施設で最期を迎えることへの心理的な抵抗。「何かあったらすぐ病院へ」という感覚は、多くの人にとって自然な反応でもあります。
どちらが良い・悪いではない
私は仕事で父の入所先以外の高齢者施設にも出入りしており、以前、ある入居者様のご家族が看取りを希望されず、体調悪化時に救急搬送、そのまま入院、数日後に退去されたのを見たことがあります。救急搬送前のその方の様子を見ていて「なぜ施設での看取りを希望されなかったのだろう」とふと思いましたが、これは決してそのご家族への批判ではありません。ご本人・ご家族にしか分からない事情や積み重ねてきた時間があるはずですし、その判断に至るまでの過程は、外からは見えないものです。
大切なのは、どちらの選択が正解かではなく、本人の意思がどこまで確認できているか、そして家族がその選択に納得できているか、ということではないかと思います。
入所前に考えておきたいこと
もし今、家族の入所を控えているのであれば、以下のようなことを、できれば本人がまだ意思表示できるうちに話し合っておかれると良いかもしれません。
- 延命処置についての本人の意向(点滴、胃ろう、人工呼吸器など、どこまで望むか)
- 施設での看取りか、病院への搬送かについての希望
- その意向を、家族間でも共有し、認識をそろえておくこと
- 状況が変わった場合(本人の意識が変化した場合など)に、誰がどう判断するか
こうした話し合いは、決して気の重いものである必要はありません。私自身、父との会話がきっかけで、自分自身についても同じように「延命は希望しない」と考えるようになりました。元気なうちに交わした何気ない会話が、いざという時の指針になることがあります。